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街角は名のある古刹(こさつ)を彩る祭(まつり)を背後に、ひとときの賑わいに包まれていた。 京都(きょうと)、中京(なかぎょう)、寺町御池(てらまちおいけ)。 往時この地におりその一時に天下を統べるも、やがては猛火の彼方に生を消やしたあまりに名のある武将(ぶしょう)―"第六天魔王(だいろくてんまおう)"、織田信長(おだのぶなが)。 その壮烈なる最期の舞台となったところの刹は、法華宗本門流(ほっけしゅうほんもんりゅう)の大本山―本能寺(ほんのうじ)として今の世にも名高い。 季節は梅雨(つゆ)に入ろうとするとき。かかる古刹の境内と近く街角に人を集めていた祭は、十数年の時を経てそこに再興を見た、かの武将の命日を奉る祭―信長まつりと呼ばれる祭であった。 化粧(けしょう)でうっすらと紅色の頬に真紅の唇(くちびる)、天冠(てんかんを)頭に巫女装束(みこしょうぞく)。幼女は祭を彩る稚児(ちご)のささやかな行列のなかで、歩きながらにふとして、位星(くらいほし)のくっきりと浮かぶ眉間(みけん)を静めて小脇に目をやった。 過ぎてはしだいに夏に向かう季節、ともに祇園(ぎおん)の大祭のときに向かってざわめく京の街にあり、まなざしの先に何を見て何を想われますやら、稚児舞の京の幼女(をんな)の水無(みな)の月。
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