弥生の三光稲荷神社
a stairway to sanko-inari shrine

2007年3月1日
 信州(しんしゅう)―長野(ながの)の奥地は鉢盛(はちもり)という名の高峰より流れ出でる大河―木曽川(きそ-)は、今やあまりに遠い・・・遥かなる時代からそこに時を刻みつつ、今世はこの島の国の津々浦々に至るまでその名を馳せる。

 幾多の平野を経て浦を経て・・・数多の流れを受け入れながらに、その水の音が二つ目の県の境を越えたとき―そこに現るるところ犬山市(いぬやま-)、これ愛知県(あいち-)の西の―そして北の外れに位置する町。その域の内をとまらず貫流してゆく木曽川の水面は、その途中にて、その片側に聳える天守(てんしゅ)の孤影をたたえる。

 犬山城(いぬやまじょう)―ひとつの時代がその幕を下ろしてからというもの、この日本の国の宝物―国宝(こくほう)に列せられることとなった古い天守を高らかに掲げ続ける城。三光稲荷(さんこういなり)と呼ばれる神社はかようの城郭のまさに眼下のところに鎮座し、名のある天守へと向かう歩み人たちの道すがらの足どりを、そして商売繁盛や家内安全などを祈る参詣の人の足どりを受け入れる。

 かの城をその高台に仰ぐ三光寺山(さんこうじ-)に据えられた境内、宮は鮮やかな朱(あけ)の鳥居(とりい)と幟(のぼり)を参道(さんどう)に並び立て、三の神を内に祀り奉じつつ、稲荷(いなり)の神の使者と云われる老いた狐(きつね)をその奥の院に祠(ほこら)として祀っているという。

 弥生(やよい)のはじめの澄みわたりきった青空のもとで、季節の光る風になびいて揺れる旗と境内。

 異国の地の名にあやかるところの白帝城(はくていじょう)との異称で呼ばれもしてきた名城とともに、かかる季節もいつものように、やがては伊勢湾(いせわん)の溜りから大いなる洋(わだつみ)の原に注ぎゆく流れを―座して静かに見据え続ける。

 ともに時代を生きてきた眼下の町を見守りながら―日々に寂びゆく朱の色の刻とともに。


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