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八州(やしま)の列島ほど中部にあり、遥かなる霊妙の水面を揺らす琵琶湖(びわこ)を湛える近江(おうみ)の地。湖国(ここく)と呼び習わされるこの地で、かかる大いなる湖の北方に位置する地域を湖北(こほく)とまた呼び習わす。 米原(まいばら)。湖面をその西に、東にとなりの岐阜(ぎふ)との境を見据え、伊吹山(いぶき-)、霊仙山(りょうぜん-)の峰を仰ぎ見るこの町は、古き時代の東と京とを繋いだ中山道(なかせんどう)、古来より京と裏日本とを結んだ北陸道(くぬがのみち)―これらの分岐の地として栄え、今の世にきては滋賀県(しが-)のうちのひとつの市(し)として、その方々に往時の面影を留める。 米原駅(まいばら-)―この鉄道駅は、明治(めいじ)の代の末の頃、19世紀も末にさしかかる西暦1889年の頃に、その歩みのはじまりのときを見た。市域のほど中心部にあり、西日本旅客鉄道、東海旅客鉄道、そして近江鉄道の路線を携え、往時の当地と変わりない様に、表日本と裏日本の結び目、八州の西の地と東の地とのひとつの結び目として、過ぎゆく列車の風に撫でられる。 水の郷(みずのさと)、その百選の一。水中花(すいちゅうか)―梅花藻(ばいかも)ゆらぐ湧水の里―まいはら。 曹洞宗(そうとうしゅう)禅(ぜん)の古刹『青岸寺(せいがんじ)』、江戸の代から続く曳山(ひきやま)の祭(まつり)を祭礼に有す湯谷神社(ゆたに-)、国の重要文化財の鐘を寺宝に、聖徳太子(しょうとくたいし)の造立といういわれを今に伝える古刹、もとは法隆寺(ほうりゅうじ)と号した浄土宗(じょうどしゅう)寺、最後の六波羅探題(ろくはらたんだい)―北条仲時(ほうじょうなかとき)の自刃の地、蓮華寺(れんげじ)。 名のある斯様の名所に限らずも、樋口大町、樋口西羅、樋口中ノ町、樋口顔戸、三吉西山、三吉八竃、三吉北原、上多良佃、上多良泉尻、奇祭『鍋冠祭(なべかんむり-)』にて幼い少女達の色舞いをたたえる神社、筑摩神社(ちくま-)―のうてなの鎮座地朝妻筑摩の小字狐塚など、駅舎から歩みゆくことのかのう隠れた名所はすずろに数多。 米原市、大字米原。黄昏のときも夕暮のときも草木眠りつく丑三つのときも、幾地の要所をつとめる駅舎は湖国の近江のこの地にたまゆら。ゆき交う往来の民のあしどりを、今日も静かに受け入れてゆく。
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