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八洲(やしま)の国ややほどなかどころの紀伊(きい)の地は三重(みえ)の内陸の町、小京都(-きょうと)と語られることもある歴史の色あい豊かなる町、伊賀市(いが-)、いうて伊賀上野(いがうえの)。 この町の秋のほど終わりの頃を飾る上野天神祭(-てんじんまつり)は、この地に天神の宮―菅原神社(すがわら-)―が鎮座をはじめてからというもの、実に長きにわたってその歴史とその伝統を連綿と今に伝えている。 三日にわたって繰り広げられるこの大祭の最終日。楼車という名のだんじり―そして鬼行列。古くから東海道を見据えながらに栄えた往時の面影を今に留める上野の街路を、本祭というこの日にいよいよ、ハレの装束(しょうぞく)にその身を飾った祭行列が巡り歩く。 まさにその日に沸く町の角に少女は立っていた。 額にのせた位星(くらいほし)の点、唇にひいてのせた口紅―あつらえの化粧をほどこした稚児(ちご)、巫女(みこ)の装束はそのハレを迎えようとするときの色か、それとも終えたあとの色か。 いずれにあろうと少女はこの日の歩み行列に色を飾った。 二十世紀ももう幾年かで終わろうと迫りくるいつか、そしてどこかに過ぎていった日、少女のひととき、遠い日の秋。
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