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東西にわたり島なみ揺らぐ八洲(やしま)は日本(にほん)の大地のなかほど。内陸の地に連なる数多の山脈の高峰を仰ぎ見る信濃国(しなののくに)は、そこに長野(ながの)という名で今の世に在り続けている。 豊かな野山と数多の美麗なる景勝の処を控え置き横たわる地。そのさなかにあり、なかほどにあり、処を山々に囲まれた盆地―人そこに呼んで松本平(まつもとだいら)は、長きにわたる歴史のうちに形作られてきた街路の枢要の場所に、その歴史をともにありともに刻んできた天守閣(てんしゅかく)を見据える。 松本城(まつもとじょう)―古くは深志城(ふかしじょう)と呼ばれもしたこの城郭は、安土桃山(あづちももやま)と呼ばれる時代―西暦のもとで十六世紀と云われる時代の終わりの頃にその勃興を見てからというもの、小笠原(おがさわら)、武田(たけだ)に石川(いしかわ)、松平(まつだいら)に水野(みずの)、そして戸田(とだ)、・・・時々の治者たちの盛衰の様をそこに見続けながら、そこに変わらず在り続けてきた。 飛騨(ひだ)の峰から吹き荒ぶ夏の颪(おろし)とともに沈み来たる宵(よい)。本丸御殿を背後に控える五重の天守に陽が沈むとき、漂う夕焼けの空の黄昏(たそがれ)の色と夕闇のなかに浮かび上がる影が刻々と溶け込んでゆく。 今の世にありてこの地の平を統べる松本市(まつもと-)のうちに聳え、眼下に控える城下の町に、そして見据える平にいつかを生きた往時の民の末裔たちの今日の日の生を見守るように、内堀の水面にその孤影を映しながら、かくありし松本城、―今をそしてまた迎える明日の日へ。
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