夜明けの中禅寺湖
Serene time

2006年11月7日
 迎えた霜降ノ月(しもふりのづき)のうちに刻々とその水面(みなも)を冷やしてゆく大いなる水の溜まりに、また宵(よい)の明けのときが訪れようとしていた。

 処は関東(かんとう)のうちの北方にあり―如何なる洋(わだつみ)を見ることもなき内陸の栃木(とちぎ)の地にあり、連なり横たわる山々の影のうちに数多にのぼる歴史の香りをたたえるところ―今の世にあり日光(にっこう)と呼ばれるところ、そこからいくらかの峰を分け入った先に広がる奥日光(おくにっこう)、・・・中禅寺湖(ちゅうぜんじ-)のゆらぎは常世を変わらずそこに佇んでいる。

 高き平地にありそこにどこか未踏の地の風情をたたえもするその模様をして、時に世の民に秘境(ひきょう)と言わせしめもする奥日光。その深奥の処に悠遠の古の頃から在り続けている中禅寺湖は、その名にいささかばかりか明らかなるように、人の目に見つけられてからというもの、仏(ほとけ)のありどころ―仏教(ぶっきょう)のそして修験(しゅげん)の霊場とともにその遥かなる時を刻んできた。

 長きにわたって営まれてきたそうした歴史の痕跡を今もところどころに遺しながら、ただただ常世に変わることなく湛えて有り余る水をやがては、今の世に広く知られた瀑布(ばくふ)―華厳滝(けごんのたき)へと、そして見据える下界へと運び、かかる大地のはざまを潤してゆく。

 峰のむこうから昇りきて照らす暁(あかつき)の朱(あけ)の光を映し返しながら霧(きり)のたち込めた秋の暮れどきの夜明けの刻のその水面がまた、今や忘却の果てに―時代の深遠の果てに消えゆこうとする霊妙の記憶をうちに秘めるかのように、穏やかにして、仰ぎ見る山の影とともに静かなゆらぎをたたえる。

 そこにそう在り続けてきたように。

 八洲(やしま)の大地にうつろう季節の色の瞬きを見据えつつ。


日本|世界採集写真館

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