|
ユーラシア(歐亞)の大地の東方に広がりその様雄大にして余りある中華(ちゅうか)の大陸は、この大地のほど中央のところに広がる大平原(だいへいげん)―チベット高原(青藏高原)に発する大河(たいが)の遥かなる流れとその水音を湛える。 長江(ちょうこう―长江)。やがては東支那海(ひがししなかい―东海)に注ぎゆくこの長大な川の流れが、北の陝西(せんせい)の地からやってくる嘉陵江(かりょうこう)の流れを受け入れるとき―ちょうどそのときに見据える都市、その町の名を重慶(じゅうけい―重庆)という。 悠遠の昔からの歴史をたたえ、数多の山々に囲まれていることから『山城』と呼ばれもするこの町は、ここ中国(ちゅうごく)のうちでも実に有数の激暑(げきしょ)のところとして名があり、五月、六月、七、八月と、灼熱の季節を過ぎ、やがて秋を迎えて九月、そして十月に入り冬を迎える。 ここに町はまさにその冬の頃にあった。この丘陵の町の中心地にある広場。赤くつや光りながらのセーラー服を思わせる衣装。それを揃い着込んで、並び立ってそこに歌う幼い少女たち、桃の色に染まった瞼(まぶた)に頬(ほほ)、飾った髪のもとに濃く塗り引いた赤の口紅(くちべに)―厚化粧(あつげしょう)。 傍から眺める者たちを前に奏でる歌声、それぞれで過ごすひとときのささやかな晴舞台(はれぶたい)。ともされた幼きながらの色香をたたえて、霧(きり)に覆われながらの内陸の町の冬の一日が過ぎてゆく。
|